日本でここだけの特別な「水のまち」。柳川に流れる生きた掘割とともにある暮らし。
古き良き日本の風情が今なお残る、福岡県柳川市。筑後地方の南西部に位置するこのまちは、言わずと知れた「水のまち」としてたくさんの観光客が訪れます。まち中に縦横無尽に張り巡らされた掘割では、“どんこ舟”に揺られ、船頭の舟歌を楽しみながらの川下りの風景を見ることができます。
柳川のシンボルとも言える掘割ですが、その歴史は古く、掘割が最初に造られたのはなんと弥生時代。もともと干拓地で真水が手に入りにくい土地だった柳川では、人々が手で堀を掘り、そこに雨水を貯めることで、農業用水、防火用水、ひと昔前までは洗濯などの生活用水として、柳川の人々の暮らしに根付いてきました。戦国時代には柳川城の築城に伴って、防衛を目的に堀割が複雑に張り巡らされます。現在の柳川市内に残る掘割の長さは、実に930km。横浜までの距離に匹敵するほどだというから驚きです。
そんな水のまちに2年前にオーストラリアから移住してきたのが、バリーさん・恵美子さん夫妻です。都市デザインを専門に研究を続けるバリーさんから見た柳川は、世界でもここにしかないまちの成り立ちがあるのだといいます。その理由とは? お二人から見た柳川のあるべき姿とは? 普段はなかなか気づくことのできない、隠れた柳川の魅力について、お聞きしました。
バリー・シェルトンさん 岡山恵美子さん夫妻
イギリス・ノッティンガム出身。建築学、地理学、都市計画などを専攻後、都市デザインの道へ。タスマニア大学、メルボルン大学などを経て、現在はシドニー大学名誉教授。専門は都市史・都市理論・都市形態学・都市デザイン。奥様の恵美子さんは長崎市出身。バリーさんと同じくシドニー大学とメルボルン大学で日本語の教鞭を取り、2年前に夫婦で柳川に移住。
柳川の隠れた空間を探し出す楽しみ
―イギリス出身で、シドニー大学で教員をされていたバリーさん。同じくシドニー大学で教鞭を取られていた恵美子さんが、柳川の地に居を構えた経緯を教えてください。
バリーさん:
大学を退官することが決まって、今後どこに住もうかと考えた時に、もともと都市デザインの研究をしていた私にとって、近年関係が深くなってきていたアジアに近いところに住んでみたい思っていました。妻の出身が長崎だということもあり、九州はアジアとも近くアクセスも良いので、そのあたりで家を探すことにしました。
恵美子さん:
実家のある長崎に車で2時間くらいで行ける範囲で家を探していたんです。いくつかまちを訪れましたが、たまたま出会ったこの家に一目惚れしました。
バリーさん:
家は素晴らしかったけれども、果たしてこのまちが私たちにとって住みたいまちか、ということはすぐには判断できませんので、ひと月ほどトライアルで滞在しました。その結果思ったのは、文化・歴史ともにまちの成り立ちが非常に興味深いということ。もちろん住みやすさも決め手となり、二人で「このまちにしよう」と、柳川に移住することに決めました。それが2016年の秋です。
―実際に住んでみたまちの印象はいかがですか?
バリーさん:
基本的に、柳川はすごく面白いまちです。もちろん小さなことでがっかりすることもありますけど、歩くたびに新しい発見があるんですね。例えば、複雑に張り巡らされた堀沿いの道は、迷路のようになっていて、行き止まりになっているような場所が多い。私は掘割が交わる境界や、奥まった場所のことを、隠された空間=「OKU(奥)」と呼んでいるのですが、この“OKU”が面白いんですよ。
恵美子さん:
一歩入り込まないとわからない空間なんですね。地元の人しか知らないし、地元の人にとってはとても大事な場所。そういうところに神社があったり、最近新しいお店が出来てきていたりするのも面白い流れだと思います。もう少し動きが出てくれば、そういうものがつながって形になり、面白さが見えてくるんじゃないでしょうか。
バリーさん:
発見されていない“OKU”はまだまだたくさんあると思います。それを探すような探索ツアーなんかがあると面白いと思いますね。
柳川は、世界でもまれにみる水のまち
―柳川といえば掘割がひとつのシンボルだと思いますが、 掘割についてはどうお考えですか?
バリーさん:
柳川は城下町ですが、すでにお城はなくなってしまった。でも堀割はほぼ原型のまま残されています。そんなまちは世界中を見渡してもおそらく数えるほどしかないと思います。日本でも、いわゆる城下町では、内堀だけ残してあとは全部埋めてしまったところがほとんどです。この、複雑に張り巡らされた水路網こそ、水のまちとしての柳川の成り立ちに欠かせないものだと思います。
恵美子さん:
柳川の堀割は、農業用水や生活用水としても暮らしとつながっています。今は堀割のほんの一部を利用した川下りのルートしか注目されていませんが、水路網全体を見て「水のまち」としてアピールしていくことで、柳川の良さがもっと際立つのではないかと思います。
―ご自宅も、掘割に面していますね。柳川の生活の中で掘割を感じるときとはどのような時ですか?
バリーさん:
「白秋祭」や「ひな祭り水上パレード」はもちろんなのですが、桜や紅葉、雪景色など、季節の変化や明かりによる水面の表情を感じられるのがいいですね。特に2階のバルコニーは、劇場のボックス席さながら、最高の眺めです。ただ近年は、地元の人たちと水との関わりが薄れつつある気がして心配しています。70年代に一度、幹線水路以外を埋め立てようという計画が上がった際に、市民が力を合わせて川をきれいにして、掘割が再生しました。あれから50年経って、また生活と水の関係は希薄になってきているというのが気がかりな点です。
恵美子さん:
昨年この家の築100年を祝って、このあたりの資料を集めてみたんです。戦前の写真を見ると、掘割沿いの家はみな舟を持っていて、舟こそ重要な移動手段だったようです。どの家にも水汲み場がありましたし、掘割が生活と密接だった。最近は新しく建て直す際に、堀側に塀をつくったり、物置を置いたりする家も見られます。昔は堀に向かって必ず窓があり、デッキがあり、窓際に座って川を眺めたりしていたようですが、それが今はなくなってしまっているのでとてももったいないですね。
バリーさん:
昔をそのままを再現するのではなくて、これからの時代にあったかたちで水のまちとして生活をするということはどういうことか。そういうことを考えると、より柳川のまちは魅力的になっていくと思います。
柳川は「川下り」と「まち歩き」の両方があってこそ
―柳川のまちには、「OKU」と「掘割」というふたつの魅力が見えてきました。それを上手に味わうためには、どのような楽しみ方があると思いますか?
バリーさん:
西鉄柳川駅を降りると、みなさんまっすぐ乗舟場に向かわれます。川下りをして、数キロ先の舟着場で降り、そして帰りは、無料のシャトルバスで駅まで戻ってしまいます。ただそれだと、柳川の文化や歴史が残るまち本来の雰囲気が楽しめないのではと考えています。ぜひ帰りはゆっくりと、散歩がてら“OKU”空間を探しながら駅まで戻ることをおすすめします。柳川の城下町としての面白さと、水のまちとしての魅力の両方が楽しめると思います。
―今後柳川を拠点に取り組んでいきたいことはありますか?
恵美子さん:
昨年「水のまち研究会(https://mizunomachik3.amebaownd.com)」というものを立ち上げました。目的は、柳川のまちをよりよくしていきたいから。そのためには、まずこのまちを知る必要がある。例えばセミナーや小規模の研究会を開いたり、大学の先生や行政の方をお招きして話を聞いたりしています。昨年はバリーにも講演してもらいました。こういった試みを通して、住んでいる人はもちろん、柳川に訪れる人たちが柳川のまちに想いを寄せてくれたらいいなと思っています。
柳川といえば、川下りを通して見てきたまちの印象がほとんどでしたが、実は掘割自体が、世界でもあまり例のない貴重なまちの構造であるというバリーさんの都市デザイン的な視点がとても新鮮に感じました。川下りのイメージが強い柳川ですが、複雑に張り巡らされた外堀と一緒に味わうことによって、柳川のまちの歴史や文化全体を楽しめそうです。柳川の“OKU”とも呼べる場所には、近年新しい個人店もオープンしているとか。そんな魅力的な飲食スポットをバリーさんにご紹介いただきました。
掘割散歩と合わせて楽しみたい
バリーさん夫妻オススメの柳川スポット
food laboratory yanagawa
外堀沿い、宮地嶽神社横の大きな楠のそばに2018年10月にオープンしたばかりの「フードラボラトリーヤナガワ」は、東京から地域おこし協力隊として柳川に移住してきた北原真耶さんが営むお菓子の工房です。栗とコーヒーのスコーン、お芋と小豆のスコーン、柳川産あまおうのケーキなど、旬の食材をふんだんに使ったお菓子は種類も豊富。使用する食材にも、無農薬小麦や有精卵など、九州各地の農家さんから取り寄せたこだわりの食材を選んでいます。九州産クリームと旬の果物をサンドした「ハレノケーキ」や豆乳や米粉を使用した、みんなで“ともに”食べられる「トモニケーキ」は、オーダーメイドで。毎月5~10日の限定オープンのため、営業日に合わせて予約するお客さんも多くあっという間に完売になってしまうこともあるので要注意です。
ル・ロン・ポワン
京町の堀が交差する境界にある「ル・ロン・ポワン」は、フランスや東京で修行した若きパティシエの加賀田一樹さんが、2016年12月にオープンした洋菓子店。江戸時代に建てられたという蔵を地元の人たちと一緒にリノベーションして生まれ変わりました。お菓子には、九州産小麦粉、筑後の卵、福岡や熊本周辺のクリームなど、産地にもこだわる徹底ぶりで、人気のマカロンには、柳川産あまおうやいちじく、熊本産の栗、隣町みやま市の酒蔵から取り寄せる酒粕などを使用しています。柳川に根付いて2年。地元住民との会話から誕生する新スイーツなどもあり、目が離せません。
café 帰去来
風にゆれる柳が美しい掘割をながめながら散策していると、森の中に佇むコテージのような外観に目を惹かれます。旬の素材、地元の食材を使用してつくられるスープやスパイスカレー、柳川の海苔を使ったおにぎりが楽しめるカフェレストラン「café 帰去来」は、2016年に柳川商店街の一角にオープン。人気メニューは、旬ごとに選ばれた食材を使って作られるスープです。オーナーの野田由美子さんが柳川から鎌倉に3年間通い詰めて習得したというスープは、一口食べれば心と体に染み渡るしあわせな味わいです。木のぬくもりを感じられる店内で、ゆっくりと旬の美味しさに出会ってみてはいかがでしょうか。
おすすめいただいたスポット情報はコチラです。
[INFORMATION]
■food laboratory yanagawa
住所:柳川市隅町22(MAP)
電話番号:090-7388-3982
営業時間:毎月5~10日 11:00~18:00
■ル・ロン・ポワン
住所:柳川市京町38-3(MAP)
電話番号:0944-85-9191
営業時間:10:00~20:00
休み:火
■café 帰去来
住所:柳川市京町48(MAP)
電話番号:0944-72-2440
営業時間:11:00~17:00
休み:不定休