トップ > 記事一覧 > ヒト > 作り手それぞれの熱意がこもる、「アイス」と「パン」の物語。
2019.9.20

作り手それぞれの熱意がこもる、「アイス」と「パン」の物語。

ヒト

今回は、地域を味わう旅列車『THE RAIL KITCHEN CHIKUGO』の中でも独自の存在感を放つ、2つのメニューとその生産者様にスポットを当てます。

1つめは、コース料理の最後を飾るジェラートとアイスキャンデー。テーブルに爽やかな涼をもたらすこのデザートは柳川市の「椛島氷菓」製で、可愛いカバのロゴマークでも知られています。もう1つは、6月から西鉄福岡(天神駅)~太宰府駅間で運行が始まった「地域を味わうブランチの旅」で味わえる「ゆずドック」。こちらの提供元は、久留米市にあるブーランジェリー「シェ・サガラ」です。
どちらも市内外で高い評価を受ける実力店。その現場ではどんな方々が、どんな気持ちで仕事に取り組まれているのでしょう。

椛島氷菓

“農家が手がけたアイス”、ただいま全国に浸透中 ──「椛島氷菓」

口に含んだ瞬間、フワリと立ちのぼる豊かな果実味。「椛島氷菓」のジェラートとアイスキャンデーの魅力は、素朴で自然な味わいにあります。評判はクチコミを介して徐々に広まり、現在取扱店舗数は全国180以上。小規模メーカーには稀なことですが、ハウステンボスなどの大手ともコラボを展開している柳川発のブランドです。

店頭には、季節に応じて常時14種類前後のアイスキャンデー(130~190円)と9種類前後のシャーベット(300~500円)が並びます。

味も形も郷愁を誘うアイスは世代を問わず人気を博し、「椛島氷菓」の直営店には平日でもお客様の姿が絶えません。その賑やかな光景を、店長の椛島栄子さんがにこやかに見守ります。「ここに店を開いてもう9年になります。3年前には隣のJAさんの倉庫を買い、大きな工場も構えました。最初の頃は小さなアイス製造機を動かし、姉と2人でせっせと作ってたんですけどね。全国販売できるようになるなんて感謝しかありません。私、毎日ここでたくさんのお客様にお会いできるのが本当に嬉しいんです。良いご縁が繋がると、この商売をやってて良かったなあって。「椛島氷菓」は私の生きがいそのものです」。目を輝かせてそう語る、このチャーミングな店長さんのファンも多いことでしょう。

いつも朗らかな店長の椛島栄子さん。「お買い上げのアイスは、中のお座敷でも召し上がれますよ」。

美味しいアイスを堪能した後、続いて向かったのは同じ柳川市にある「杏里ファーム」。実は「椛島氷菓」はこの農場の1事業部なのです。栄子さんの伴侶にして農場主の椛島一晴さんに、アイス製造のきっかけを尋ねました。「10年前にドラゴンフルーツを栽培したところ、出荷できない余剰分がたくさん出まして、じゃあジェラートにでもしようと考えたのが始まりです」。試行錯誤して自作したジェラートは好評を博しましたが、やがて景況のあおりで売上は頭打ちに。
しかし2010年9月、友人に「アイスキャンデーを作ってみたら?」と言われたことで道が拓けます。再び製造に着手すると、翌年には第1弾が完成。商品プランナー・浅羽雄一さんご夫妻の協力で、お洒落なカバのロゴも出来ました。こうして生まれた「椛島氷菓」の商品は、少しずつ人々の間に浸透していきます。

50代半ばのエネルギッシュな農場主、椛島一晴さん。現在はコーヒー栽培の研究に熱中しているそうです。

「椛島氷菓」の事業は高く評価され、4年前には農林水産大臣賞を。可愛いパッケージは昨年「TOPAWARDS ASIA 2018」を受賞しました。

「香料や着色料を使わず、代わりに果物をたっぷり使うので、アイスの儲けはあまりないですね(笑)。でも椛島氷菓のコンセプトは“農家が手がけたアイス”なので、これまでの作り方を変えるつもりはありません」。
一晴さんがこのようなモノづくりにこだわるのには、実は理由があります。それは、この取り組みが長年農家の抱える問題解決に繋がるかもしれないから。「従来、生産者が作ったものには第三者が値段を付けるのが普通でした。しかし今後はその慣習を変え、生産者自身が値段を付けて販売できる流れを作ってみたい。そうすれば農業はもっと面白く、夢が持てる仕事になるんです」。この課題を形にすべく、一晴さんは農場を法人化したり、社員の勤務時間を個人裁量に任せたりと、農業分野では先進的な試みも行ってきました。

そんな姿勢に共感したのか、「杏里ファーム」には各地から20~30代の若手が集まり、活気ある仕事ぶりを見せています。海外で農業を学ぶ息子さんも帰国後は入社する予定だとか。「“大変だから子供に継がせたくない”という農家さんもおられますが、それなら僕らの世代が農業を魅力的にすればいい。ずっとそんな気持ちで走り続けてきました。その下地は「杏里ファーム」でなんとか作れたと思うので、僕は10年以内に引退して、あとの未来は彼らに託すつもりです」。

驚くほどに甘く育つマンゴー。アイスに使われるのはもちろん、7月半ばから8月末までは直売も行われます。

「椛島氷菓」の商品が観光列車のメニューに加わったことには、「夢みたいですね」と明るく一言。「自分が子どもの頃、西鉄電車は憧れの存在だったのでとても感慨深いです。もう他界しましたが、一度両親を乗せてあげたかったなぁ。高齢でもあまり疲れず遠出できる観光列車って、親孝行にぴったりだと思うんですよ」。

もっと長くお話ししたかった、素敵な人柄の椛島ご夫妻。何事にもポジティブな姿勢に、こちらも元気をもらえたひと時でした。今後の「杏里ファーム」「椛島氷菓」の動向も気になるところです。

サガラ

市内外の愛好家を魅了する、田主丸のパン職人 ──「シェ・サガラ」

太陽に照り映える緑の田園。たなびく雲の下に広がる耳納連山。毎日のように熱心なファンが詰めけるブーランジェリー「シェ・サガラ」は、田主丸のノンビリした風景の中にありました。「田主丸の豊かな自然は僕のパンにも影響していると思いますよ。都会で仕事していたら、ちょっとギスギスした味になったんじゃないかな」と笑うのはオーナーの相良一公さん。2003年に構えたこの店を、県下屈指の人気店に押し上げた当地生まれのパン職人です。

これまでの来歴を伺うと「大学時代に志していたのはケーキ職人志望」と意外な答えが返ってきました。進路変更を決めたきっかけは、旅先の屋久島で出合った1軒のパン屋。素朴でじんわりした味のパンに感動し、その時自分の進むべき道も見えたそうです。その後は岐阜の有名店「トラン・ブルー」などで技を磨いてUターン。でも、開業の地に田主丸を選んだのはなぜでしょう。「国内外でいろんな美味しいものに触れるうち、食べることが僕の一番の楽しみになりました。だからパンを通して、故郷の人にもそういうグルメな機会を作れたらいいなと思ったんです。これは僕なりの郷土愛かもしれませんね」。

店の棚を埋める商品は約60種類。ただし昼頃には大半が完売するので、来店は午前中がおすすめです。

一番人気のクロワッサンは、ふわりとした小麦粉の香り、しっとりした中身の生地が絶品!

4年に1度フランスで行われる、世界を代表するパンのコンクール「クープ・デュ・モンド」。相良さんはその日本代表を決める最終戦に3度も残った方です。そのパンの特徴は「ハード系でもさっくり軽く、胃もたれしにくいこと」で、多くのパン愛好家を虜にする理由もその辺にあるのでしょう。また生地や餡、クリームなどの素材を可能な限り手作りし、安全・安心な商品を届けることも開業以来の変わらぬポリシーです。

より良いパンを目指し、不断の努力で日々技に磨きをかける相良さんですが、どれだけ細心の注意を払っても、常にイメージ通りのパンを焼けるわけではないそうです。「最大のポイントは、やっぱり生地作りの難しさにあります。毎日の気温や湿度で変わる水分量を見極めるのが困難で、最後は感性に頼る部分が大きいんです。わずかな分量の誤差で、すべてが台無しになるかもしれない怖さは今でもありますよ」。あえて2号店を出さないのも、自分で工程を管理できず、品質に責任が持てないパンを売ることに抵抗があるから。「どの作業も一瞬も気が抜けないから大変です。それでも、思うように生地が熟成し始めると楽しいですね。なんだか成長する我が子を見守ってるみたいで」。
さらに、パンを美味しくするポイントがもう1つ。「昨日よりも今日のパンを美味しく作ろうと、いつも自分に言い聞かせることです。この気持ちを失ったら終わりだと思いますし、僕を駆り立てるモチベーションにもなっています」。

製造中は、自分にもスタッフにも厳しい姿勢を貫く相良さん。チームワークも重要だと言います。

パン作りは毎朝4時からスタート。スタッフの機敏な動きと、接客の丁寧さが印象的でした。

こんなふうに、「シェ・サガラ」のパンには相良さんの想いや愛が詰まったものばかり。そこは『THE RAIL KITCHEN CHIKUGO』で提供される「ゆずドック」も同じなのですが、完成までの経緯が他の商品とは少々違います。きっかけは、うきは市の自家製ハム工房『リバーワイルドハムファクトリー』とのコラボレーションだったとか。「リバーワイルドさんのソーセージを使うことは決まっていましたが、生の粗挽きなのでとにかく肉汁や旨みが強いんです。生半可なパンだと味が負けてしまうので、こちらもしっかりした風味や食感のものを選びました」。結果この競演は大成功で、完成から10年経った今でも根強い人気を誇る看板商品の1つです。

「ゆずドック」は食べ応えも十分。ザワークラウトも効果的なアクセントに。

「今回、ゆずドックを観光列車で使っていただけることになったのはすごく光栄です。これを機にうちのお客様が増えるとさらに嬉しいけれど(笑)、この列車が筑後エリアのブランド力を高めてくれることに期待しています。例えば筑後には農産物や工芸など個々に素晴らしいものがたくさんあるのに、ひとまとまりの“筑後ブランド”としてはあまり認知されていませんよね。そうした意味でも“CHIKUGO”は絶好の牽引役になると思うので、息の長い活躍を祈っています」。

椛島さんと相良さんの言葉の端々に現れる、仕事に対するひたむきな誠実さ。それが伝わってくるたびに「自分も向上心を持たなければ」と身が引き締まる、実りある取材となりました。
今回取り上げた商品は秋以降のメニューでも登場しますので、日々生産現場で汗するお2人の熱意を少しでも感じてもらえたらと思います。

[INFORMATION]
■椛島氷菓
住所:福岡県柳川市本城町53-2(MAP)
電話番号:0944-74-5333
営業時間:11:00~16:00
休み:水曜日

■シェ・サガラ
住所:福岡県久留米市田主丸町益生田873-12(MAP)
電話番号:0943-73-3680
営業時間:9:00~18:00(土・日曜は10:00~)
休み:火・水曜日

RECOMMEND POSTS
おすすめの記事
ページトップへ