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2019.4.26

観光列車の“おいしい時間”を支える、筑後生まれの食材をご案内

ヒト

名称に“キッチン”の一語を含む地域を味わう旅列車『THE RAIL KITCHEN CHIKUGO』の自慢は、旬の味わいが凝縮した美味しい料理です。それらを支えるのは、主に筑後地域から集められたフレッシュな食材の数々。料理監修の「エンボカ」今井正氏と料理家・渡辺康啓氏が自らセレクトに関わり、「シンプルな味付けで食材の魅力を引き出せるように」と吟味し抜いた逸品揃いです。

今回ご登場いただくのは、そんな素晴らしい食材を送り出す3組の生産者です。のんびり広がる筑後平野を車で巡りながら、各々の担当食材に込めた想いなどを伺いました。

【小麦粉】老舗製粉工場を継いだ、7代目職人のチャレンジ

最初に訪れたのは八女市の『梅野製粉』。THE RAIL KITCHEN CHIKUGOのメインディッシュであるピザの生地(小麦粉)は、ここで作られています。福岡県南部に広がる約600㎢の筑後平野は国内有数の穀倉地帯。そんな肥沃な土地で歴史を重ねるこの小さな工場は、なんと明治初期から続く老舗の製粉所です。工場を仕切るのは7代目の梅野哲平さんで、奥さまの千歳さんと父の一生さんがそれをサポートしています。創業以来、扱うのは筑後平野産の小麦のみ。そのポリシーは2019年の今も変わっていません。

家族で経営を支える『梅野製粉』。左から6代目の梅野一生さん、7代目の哲平さん、奥さまの千歳さん。

工場では、戦後から使っている5台の機械が稼働中。「これをロール挽きと言って、真っ白い粉になるので和菓子やうどんなどに向いています。でも近頃は、石臼で挽いた粉のニーズが高いんですよ」そう言って哲平さんが紹介してくれたのは、オーストリア製の石臼製粉機。20年ほど前に一生さんが購入したものの、特に用途が見つからず休眠状態でしたが、6年前に哲平さんが再び命を吹き込みました。この石臼で、独自にパン用の小麦粉を作り始めたのです。

パン用小麦を製粉するオーストリア製の石臼。1時間で約90kgを挽くことができる。

中央に映るのは昔ながらのロール挽きの機械。漏斗状の青い箱に小麦を入れて潰した後、ふるいにかけて殻を除去。この工程を何段階も繰り返すことで、粒の揃った真っ白い小麦粉が完成する。

福岡県は全国第2位の小麦の産地。栽培が盛んなこの界隈には昔は多くの製粉工場があったそうです。石臼挽きの小麦は、そんな状況を打破するための挑戦でした。「日本では小麦粉の9割を外国産に頼っています。それに国産は品質にバラツキが多く、パン職人には扱いが難しい粉だと思います。それでも国産を使いたいという若い職人さんが増え、工夫して使っていただけるので僕も作りがいがありますね」

挽く間はじっと石臼の音に耳を傾け、最後は手のひらで粒のサイズや感触を丹念に確認します。石臼で挽くと殻が混じるため、薄茶色で香ばしい粉になるとか。理想のしっとり感を保ち、粒が均等ならOK。失敗しても挽き直しはできないので、職人的カンが必要な作業です。「気候や湿度の問題で、毎日同じ品質にするのは大変。でもいろんな品種や配合の可能性を試すことで、いろんな特性を持った小麦粉作りにチャレンジできる面白みもあります。小麦生産者の方々には良質な小麦を栽培していただき本当に感謝しています。その小麦を、少しでも多くの方に提供できるおうに、これからも努力を続けたいですね」

石臼で挽くパン用小麦粉。手に伸ばしてその感触で状態を確かめる。

哲平さんの小麦粉の評判はジワリと広がり、今では福岡市の人気パン屋を始め、東京など各地から注文が舞い込むほど。「西鉄さんには石臼挽きの〈ミナミノカオリ〉という品種と、ロール挽きの〈シロガネコムギ〉を納めています。料理人の方がそれをどうブレンドして美味しいピザにするのか、すごく気になっています。列車に乗って食べる日が楽しみです」

パン用に適した小麦〈ミナミノカオリ〉。入手が難しくなるほど近年評価が高まっている。

【たけのこ】八女の代表的食材で知る、「日本一」の春の味

〈JAふくおか八女〉の古庄さん。「たけのこは、盛りの時期の40cmくらいのものがお勧め。味のバランスが良くて美味しいですよ」甘みと苦味が絶妙に混在する風味、上品な香り、そして軽快な歯ざわり。春のたけのこの美味しさは本当に格別ですよね。THE RAIL KITCHEN CHIKUGO 春限定 旬野菜のピザでも、その存在感は際立っています。

ここは八女市立花町。実は福岡県は7年以上も全国第1位を誇るたけのこの産地で、列車のピザにも県内最大産地である八女産が使われています。なかでも昔から立花町の生産量は突出しており、県生産量約1万2000トンのうち2500~3000トンを占める、名実ともに「日本一のたけのこの町」。味や香りの面でも高い評価を受けています。
なぜ立花地区がこれほどの産地になったのでしょう。〈JAふくおか八女〉たけのこ部会の会長で、自身も生産者である古庄孝重さんによれば、一番の理由は「土壌の森林褐色土が栽培に適しているから」だそうです。

手入れの行き届いた美しいたけのこの圃場。

以前は国産品でまかなえていたたけのこですが、やがて中国から輸入品が流通しはじめると、その市場シェアは3割に激減します。それでも、鮮度のよい生食が楽しめる国産たけのこへの支持は根強く、近年では古庄さん曰く「いくら作っても足りない状態」なのだそう。春になると、同部会に所属する600名余の生産者は多忙を極めます。「放っていても勝手に伸びるたけのこですが、やはり適切な伐採や肥料なしに良いものは採れません。2月から4月の収穫期間以外も、皆さん頑張って竹林の管理をされていますよ」。地下茎から生えるたけのこは掘り起こしが難しい野菜でもあります。土に隠れた部分に見当をつけて鍬を打ち込むのですが、熟練者でも100%成功とはいきません。「失敗すれば傷物になって商品価値が下がるので、私は今でも毎回ドキドキです」

地面から可愛い頭を覗かせたばかりのたけのこ。通常は1日約30cm、最高では1.2mほども成長するそう。

涼やかな風が吹く竹林を歩きながら、たけのこの魅力も語っていただきました。「他の野菜は大抵品種改良されていますが、たけのこは原種のままで、古代からずっとこの姿。そのせいか、これを食べると大地の生命力を取り込んだ気がして活力が湧くんです。栄養や食物繊維も豊富で、良い野菜だと思いますよ」オススメの食べ方も尋ねてみました。「我が家では灰汁を抜いてスライスしたあと、甘みや香りを残したまま酢味噌や山椒の木の実和えで食べています。先端部分は柔らかく、中間部分はポリポリした歯ざわりが楽しめますよ。灰汁抜きが面倒なイメージがありますが、1時間ほど炊くと上手に抜くことができます」

農業といえば高齢化と後継者不足が深刻ですが「たけのこは収益性が高いこともあり、町の生産者は元気です。竹そのものも、竹炭などさまざまな原料になる可能性を秘めた面白い素材ですしね。今後はそうしたPRもしながら、外から新しい生産者を呼びこめたらと思います」
「今は年に一度もたけのこを食べない方もいるので、“これが春の味だよ”と伝えられたら嬉しいですね」。八女のたけのこが列車に採用されたこともモチベーションに繋がっていると話してくださいました。

訪れた2月に収穫された「ハシリ」と呼ばれる香り高い希少なたけのこ。品種名は「孟宗竹(モウソウチク)」。3月~4月上旬に収穫のピークを迎える「サガリ」は味や価格が安定する。4月中旬~5月に収穫するものは「アガリ」と呼ばれるそう。

【ラディッシュ】豊かな土壌で作られる、愛らしい野菜

〈JAみい〉の楢原さん。北野町で2番目にラディッシュづくりを始めた生産者。

主役にはなれないけれど、そこにいるだけで雰囲気を明るくする名脇役。そんな健気な存在がラディッシュです。丸くて小さなボディ、深みのある赤い色。ビニールハウスで何個か並べてみると、童話の世界から飛び出したような愛らしさで、とても写真映えする野菜でした。

ラディッシュの国内の主な産地はわずか3カ所。趣味的に作る農家もありますが、大規模に取り組んでいるのは北海道、愛知、福岡のみです。しかも福岡の場合、ほぼすべての生産を久留米市北野町の3軒の農家で行っています。、そう思うと、なんだか特別感のある野菜にも見えてきます。

コロコロした姿がキュートな収穫したばかりのラディッシュ。「サラダで丸ごと食べて、シャキッとした歯ざわりを楽しむのが好きですね」と楢原さん。

どこまでも広い大空と、見渡す限りの田園に囲まれた北野町。悠然と流れる筑後川の風景と相まって、平野部らしい解放感で一杯のエリアです。その一画に建てられたビニールハウスに、〈JAみい〉ラディッシュ部会の副会長・楢原恵介さんを訪ねました。27年前にJAの誘いを受け、専業農家として生産を始めた方です。「この一帯は昭和28年の水害で筑後川の堤防が決壊し、砂がたくさん流入したことで土壌が柔らかく、水はけも良くなりました。それが“丸く作ることが大事”なラディッシュ栽培には適していたようです。土が固いと表面の皮部分に負担がかかり、どうしても形がいびつになります」

栽培は通年ビニールハウスで行われます。別名ハツカダイコンと言うように、夏場は早くて20日、冬場なら50日ほどで収穫可能です。大根とほぼ同じ栄養素を持ち、夏はピリリと辛く、冬は甘さが増すというラディッシュ。生育期間は比較的短期、収穫時期を管理しやすさいという利点がある反面、ご苦労もあるそうです。「シンプルで丈夫そうに見えても、ラディッシュは意外とデリケートです。ちょっとした天候の変化で育ち方が変わるから、昨年うまくいった栽培法が今年も使えるとは限りません。毎年試行錯誤しながら勉強してる感じですね。他の生産者さんとも情報交換はしますが、それぞれ土壌にクセがあるから自分に合ったやり方を見つけていくのが大事です」。特に難しいのは、年々暑さが厳しさを増す夏場の水やりや、ハウスに取り込む陽光量の調節。加減を間違えるとひび割れや色むらができ、廃棄対象になってしまいます。

楢原さんが所有するビニールハウスは23棟。生育期間が短いことと、土を休ませる目的で、ハウスごとに種を蒔くタイミングをずらしながら栽培する。

「観光列車のお話をいただいた時は、“多くの人に北野町のラディッシュを知ってもらえる”とありがたく思いました。ぜひ、独特のみずみずしい食感を楽しんでください」。手塩にかけて育てたラディッシュだけに、飲食店で料理されたその姿を見ると嬉しくなるそうです。同じように、少しでもたくさんのお客さまに「美味しい」と微笑んでもらえたら──そんな想いを胸に、楢原さんは今日も朝5時からハウスに出かけ、コツコツと手作業で収穫にいそしみます。

JAみいでは「さくらんぼ大根」のブランド名で出荷される。

「少しでも良質なものを届けたい」と、日々生真面目に食材と向き合う筑後の生産者たち。THE RAIL KITCHEN CHIKUGOの料理はこうした人々の努力あってのものと、改めて実感できた取材でした。いつか皆さんが列車で食事を楽しむ時、そんな“縁の下”で頑張る人々にも思いを馳せてもらえたら……そう願っています。

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