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2019.10.18

観光列車の制服と「久留米絣」を融合させた 2人の生地のプロフェッショナル。

ヒト

筑後の多様な技や伝統を詰め込んで走る観光列車『THE RAIL KITCHEN CHIKUGO』。その“筑後印”は、スタッフたちの制服にも刻まれています。実はべストの生地やシャツのレース部分には、約220年の歴史を持つ「久留米絣」が用いられているのです。

絣は、着物の素材として全国で重宝された綿織物です。特に江戸時代の久留米はその一大産地であり、愛媛の伊予・岡山の備後と並び日本三大絣と称されました。しかし時の流れとともに需要は激減。現在もまとまった量の絣を生産し、技術の継承が行われているのは久留米だけだそうです。

この貴重な伝統の織物を、ぜひ観光列車に生かしたい。そんな私たちの想いを、久留米絣の織元「下川織物」(八女市)の下川強臓さんと、洋装店を営む「クロキ ビスポーク ルーム」(みやま市)の黒木雄平さんに託しました。

久留米絣を用いた制服づくりの裏にはどんな苦労があったのでしょうか。今回は、この2名のプロフェッショナルにお話をうかがってきました。

久留米絣という伝統工芸に、新風を吹き込む改革の旗手
──「下川織物」

工場内

70年以上の歴史をつむぐ「下川織物」。年季の入った工場をのぞかせてもらうと、ガシャンガシャンと絶え間ない金属音をBGMに、織り手さんが一心に織機と向き合っていました。
一反の久留米絣が仕上がるには2~3ヶ月を要し、その工程の合間も複雑で根気のいる手作業が続きます。素人目にはわからないズレを見つけては微細な調整を加える織り手さんの手並みは、職人の凄みを感じさせるものでした。

店主

伝統への敬意と柔軟な視野、そして行動力を持って久留米絣の振興に尽くす下川強臓さん。おそらく久留米絣の歴史上初めて、海外とのコラボを実現した職人でもあります。

織物

専門の職人が引いた図柄を基に、事前に色を染めわけた糸で模様や凹凸を作っていく久留米絣。人の手による煩雑な準備を経て、経糸(たていと)一巻き12反の絣を10日ほどかけて織り上げます。

「正直、学生時代は家業を継ぐのを迷っていたんです」と打ち明けてくださったのは、三代目当主の下川さん。「しかし久留米絣の歴史や伝統を学ぶうちに惚れ込んでしまい、今では誇りを持って仕事に取り組んでいます」。
とはいえ、久留米絣を取り巻く状況は楽観を許しません。下川さんによると「下川織物」が創業した1948年当時、久留米地区の織元は約300軒を数えましたが、現在は20軒ほどに減ったそうです。それでも皆で結束し、技術を共有し合うなどの協力体制を敷きながらこの伝統産業を守っています。
その甲斐あってか、近年は代替わりした30~40代の当主が新たな模様づくりにチャレンジしたり、文具など様々なアイテムの素材として久留米絣が見直されたりと明るい兆しも見えています。そして、実はこうした変革の最前線に立っているのが下川さんなのです。

作業

「工場では人が主役」というスタイルは昔のまま。機械任せの近代的な工場では作れない、温かな味わいの織物を生む秘訣です。

糸

きれいに藍染めされた糸。地の色を残したい部分は糸で縛り、糊でマスキングします。乾いた後にこれを1個ずつほどくのも、もちろん人の仕事です。

三代目を継ぐと、下川さんは「久留米絣を通してモノづくりの楽しさ・素晴らしさを表現する」という目標を立てました。それを形にすべく、久留米絣について詳しく知ることのできる充実した公式サイトを開設したり、SNSで自身の近況や情報をこまめに発信したり。県内外からの工場見学希望にも快く対応しています。こうした外部に向けた積極的なアクションは、過去の絣業界には見られないものでした。
さらに、SNSがきっかけで実現した海外アーティストとのコラボが下川さんの意識を大きく変えます。「アーティストたちが描いたデザインを元に絣を織っていたら、その過程で彼らの感性や物語に触れられた気がしたんです。その時、音楽家が楽曲で世界の人と通じ合うように、僕らも久留米絣でコミュニケーションしてるんだなって。久留米絣にも、国同士の文化や伝統を橋渡しできる力があったんです。僕はこれを“経糸(たていと)と緯糸(よこいと)で会話する”と呼んでいます」。今も年に一度は渡欧して、様々なモノや人から刺激を受けているそうです。

店内

商品購入もできる「下川織物」のギャラリー。久留米絣の詳しい製造工程や、海外コラボについてのパネルも展示されています。

会社ロゴ/七宝柄

「下川織物」のロゴは円が繋がった七宝柄。人の縁や思いが重なり、広がっていくようにとの願いを込めたものだとか。

自社で絣商品を製造・直売するだけでなく、他業界の若手作家に素材を提供する「起業家支援」も、過去にはない斬新な試みです。「久留米絣は井上伝さんという女性が考案し、周りに惜しげなく技術を教えて広まったもの。だから僕には、久留米絣はみんなのものというイメージがあるんです。それに将来性のある若い作家さんたちに協力し、喜んでもらう方が手応えがありますからね」。チャレンジ精神に富んでいた二代目にならい、これからも様々な挑戦をしたいとか。「やらずに後悔だけはしたくないから、できることは何でもトライしていきます」。

店主。作業

「織機は20台ありますが、ほとんどが創業当初の年代物です」と下川さん。「溶接以外のメンテナンスも、全部自分たちで行なっているんですよ」。

制服

完成した観光列車の制服。下川さんが何種類かの久留米絣を提供し、最終的に東京のデザイナーが選んだものです。ご乗車の際は、その上質な質感にご注目下さい。

そんな「下川織物」で生まれた久留米絣は、先述のように観光列車の制服の素材に選ばれました。「この制服が久留米絣に興味を持つ入口になってくれたら良いですね。どんな生地なんだろう、どんな人が織ったんだろうって」と、あらためて完成した制服を前に目を細める下川さん。そしてこんなふうに続けました。「この観光列車は、筑後沿線の人々の縁やストーリーが1本に繋がったものですよね。それは僕がずっと大事にしてきたもので、僕らもその一部に加えてもらえたことは光栄です。ここからまた新たな縁が生まれ、円環のように巡って行けば最高でしょうね」。

語り口もフレンドリーな下川さんは、伝統工芸の世界に新風を吹き込む“改革の旗手”。久留米絣という可能性あるツールを手に、今後どんな活躍を展開されるのかとても楽しみです。

こだわりのオーダースーツを送り出す、みやま市のハイセンスな“仕立屋”。──「クロキ ビスポーク ルーム」

黒木さん

「遠くからようこそ」。ドアを開けると、オーナーの黒木雄平さんが迎えて下さいました。静かな田園の中にある「クロキ ビスポーク ルーム」は1972年の創業。界隈では珍しいオーダースーツを手がける洋装店で、少々懐かしい言い方をすれば仕立屋です。「元は縫製工場の工場長を務めていた父が興した店です。工場が田舎なので外商に出てはスーツの注文を取り、それで生計を立てる毎日でした」と黒木さん。やがて二代目を継ぐと、徐々に従来の営業スタイルに疑問を持つようになります。「特にスーツを欲しがっていないお客様に営業するのって、僕自身が楽しくないと気づいたんですね。昔からモノづくりが好きだったこともあり、それならいっそ、生地からボタンまでこだわり抜く仕立て屋をやろうと決めたんです」。

店内

静かに漂うシックな空気がなんとも素敵。なお「ビスポーク」とは、オーダーメイドに近い意味の言葉です。

カフス

美しい金属削り出しのカフスリング「NOC」は黒木さんのオリジナルデザイン。2011年度グッドデザイン特別賞や「紳士の名品50」に選ばれています。

かくして2008年、黒木さんは一旦事業をリセットします。「若い人にもオーダーメイド文化を広げたい」と、最低料金は値頃な50,000円(税抜)に設定。郊外という立地にも不安はなく、むしろ意外性や個性的という点では強みさえあると言います。最近はオリジナリティを重視する人々がネットでここを発見し、“良い服を作ってくれそう”と来店するケースが増加。細部にまで行き届く丁寧な仕事も好評で、九州北部を中心に、東京や大阪などにも顧客を抱えるまでになりました。

工房

熟練スタッフが常駐する本社併設の工房。ほとんどの縫製は各地の提携工場が行いますが、ここには特に難易度の高い作業が持ち込まれます。

こうして自由なモノづくりが楽しめるようになった一方、この仕事には独特の難しさもあります。それは顧客の頭にある理想を的確に掴むこと。オーダースーツは既製品のように最初から完成品がないため、顧客も黒木さんに漠然としたイメージしか伝えられないことが多いのです。しかし顧客の言葉の断片をすくい上げ、期待を超えるスーツを仕立てた時の喜びは格別だそう。
「喜びのために苦労するのもまた楽しいものです」という黒木さん自身も大のスーツマニア。「スーツそれ自体にも様々な歴史や物語があり、そこを掘り下げると着こなし以外の面白さがわかります。このトラディショナルな服をどう解釈し、次世代に伝えるかが今後のテーマですね」。ここ数年、黒木さんを夢中させている久留米絣のスーツづくりは、そこに1つの解答を与えてくれそうです。

タキシード

東京からも注文が入るという、キャリアの転換点となった久留米絣のタキシード。シルク加工の糸が混ぜてあり、絣とは思えぬ光沢が表現されています。

スーツの生地としては極めて特異な久留米絣。これを選んだ理由を問うと「実は以前から“久留米絣をジャケットにできないか”という問い合わせはあったんです。そこで試しにタキシードを作ったら、想像以上に良いものが出来て、そこから積極的に手がけ始めました」。綿なので通年着用でき、シワになりにくく、存在感もイタリアの高級素材に引けを取りません。「絣の服はソウルフードならぬソウルファションだ」…この素材はたちまち黒木さんを魅了しました。「絣でスーツを作る仕立屋なんて全国でもうちくらいでしょうね。でも反響は上々ですよ。出張先に着ていけば珍しがられ、そこから地元話が弾むのが楽しいんです」。

観光列車の制服の話が舞い込んだ理由も、もちろんここにありました。絣で服を仕立てるには特殊な技術が必要で、どうしても経験豊富な同社の協力が不可欠だったのです。「製作期間が年末の繁忙期と重なるのでお断りするつもりでしたが、素材が久留米絣ならやっぱりやりたいなって。それに東京のプロデザイナーと共同作業ができるのも初めてのことで魅力的でした」。ちなみに、素材の提供元として「下川織物」を推薦したのも黒木さん。7~8年前に親交が生まれ、常々モダンなデザインセンスを高く評価していたそうです。

黒木さん

今後は海外展開も考えているという久留米絣のスーツ。生地はやや厚めですが、綿100%のため蒸れることは少ないそうです。オーダーは68,000円(税込)から。

制服の製作は運行開始直前まで続き、時間との戦いになりました。「いつもとは勝手が違うので大変な作業でしたね。それでも得られたものの方が多く、関われて良かったと思います。それに僕らもたまたま筑後で仕事をさせてもらってる立場なので、少しでも地域文化を広める貢献ができたら光栄です」。

東西の服飾文化の融合に取り組みながら、とことん仕事を楽しみ、スーツづくりに情熱を注ぐ黒木さん。言葉の端々ににじむスーツ愛も印象的な方でした。そんな想いが詰まった久留米絣のスーツ、いつか1着オーダーしたいものです。

奇しくも仕事をする上で大事にしていることに「モノづくりを楽しむこと」を挙げたお二人。その飽くなき創造欲や冒険心こそが、久留米絣に新たな道筋をもたらしたのでしょう。古典とモダンの両方に敬意を払い、広い視野と柔軟な思考を武器にチャレンジを続ける姿勢には、「このお二人がいれば、久留米絣という世界はもっと面白くなる」──そう強く予感させるものがありました。

[INFORMATION]
■下川織物
住所:福岡県八女市津江1111-2(MAP)
電話番号:0943-22-2427
HP:https://oriyasan.com

外観

■クロキ ビスポーク ルーム
住所:福岡県みやま市高瀬町高柳223-1(MAP)
電話番号:0944-63-5867
営業時間:10:00~19:00
休み:水曜、祝日

外観

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