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2018.11.16

職人と共につくり上げた どこまでも続く筑後川を描いたTINパネル

ヒト

THE RAIL KITCHEN CHIKUGO」の車内の壁には、約30cm四方のTINパネルというブリキのパネルが貼り詰められています。金属の質感が特徴のTINパネルの中で表現されたのは、縦に横にと流れる筑後川と沿線を彩る植物の世界。まるで色彩が目に浮かぶかのような生き生きとした線を生み出したのは、福岡県ご出身の鹿児島睦さんです。国内にとどまらず世界でご活躍される陶芸作家であり、プロダクトデザイナーでもある鹿児島さんに、TINパネルの製作についてお聞きしました。そこで返ってきた、「このTINパネルは、私の作品ではないということを一番に考えました」という鹿児島さんの意外な発言の意図とは?

心の中の情景とシンクロする筑後川を主役にしたデザイン

愛らしくてどこかユーモラスな動物や花々が印象的な鹿児島さんの器。雑貨好きな方なら誰でも一度は目にしたことがあるのではないでしょうか。ご本人を前にした印象も器のイメージそのもの。とても丁寧な言葉遣いと柔らかい物腰で相手に緊張を感じさせない方です。
先ほどの「作品ではない」という発言は、どういうお考えでTINパネルをデザインされたかお尋ねしたときに、返ってきた答えです。
「今回のTINパネルは、列車の壁面に使うものなので、燃えない、壊れにくいというそもそもの機能をきちんと果たせることが最も重要です。そこで自分の作品であるということを全面に出すのではなく、機能を満たしたうえで、列車に乗られた方に楽しんでいただけることが一番大事であると考えました。そういう考えから、どなたが見ても楽しめるようなモチーフで、上下左右に絵柄が続いていくようなデザインにしたんです」

今回、鹿児島さんがモチーフに選ばれたのは、筑後川と沿線の植物。「最初に考えたのは、ムツゴロウやカヤネズミ、昆虫など筑後川沿いにしかいない生き物を入れたパターンでした。でも、キャラクターがパターンになってつながってくると、ちょっとにぎやかになりすぎてしまいます。いつも作っているお皿だったら良かったかもしれませんが、今回は面積も大きい列車の壁面です。どなたが見ても楽しめるもの、そしてご覧いただいた方自身の心象風景が甦るようなものが一番いいんじゃないかと考えました。そこから景色の中に溶け込む植物に注目したんですね。調べてみると、普通は、川の堤防だと桜とか柳が多いのですが、筑後川は割と松が多い。そこで、筑後川の松と柳川の柳、太宰府天満宮の梅などをあしらうことにしました」

どこか懐かしさを覚えるデザインにはこんな思いが込められていました。そして、モチーフとともにこのTINパネルの特徴であるのがが、上下左右に絵柄が続く面白さ。そこには、「見ていて飽きないように」という鹿児島さんの心遣いと、金属という素材を楽しむ遊び心があります。「こういうつながりのあるパターンは陶芸ではできません。鋳物のデザインはやったことがあったのですが、金属を加工するのは初めてで、面白かったです」とのこと。どうやってできているのか、思わず見入ってしまう遊び心あふれるデザインです。

最大限の敬意を抱く職人たちと作り上げる喜びを込めて

鹿児島さんには、プロダクトを作り上げるとき、楽しみにしていることがあります。それは、自分が手がけるデザインに加えられる職人さんによるアレンジ。普段から、収入や進めやすい作業工程など、常に職人さんのことを考えてものづくりをされてらっしゃる鹿児島さん。「信頼関係ができると、発注するたびに、ベテランの職人さんたちが、ご自身が持っておられるスキルや経験、知識を総動員してちょっとずつブラッシュアップしてくださるんですよ。『ここ直しておいたよ!』とか『こうしたらもっときれいにできるけん』とか。皆さん惜しげも無くアイデアを出してくださるんです。職人さんとものを作っていくのはすごく面白いです」

今回、TINパネルの加工を手がけた「中辻金型工業」との直接のやりとりは無かったものの、日頃積み重ねて来た職人さんへの信頼感があるからこそ不安は無かったと鹿児島さんは言います。「今回はデザインデータをお渡しして、そこからの製作の流れは直接は見ていないのですが、完成品をパッと見ただけで、いろんな技術を駆使していただいていると分かりました。とにかく再現率が100%だったんです。TINパネルは金属なので、怪我をしないよう端を曲げないといけないのですが、絵柄を潰さないようにしてくださっています。絵柄が重なる部分では、どちらの絵柄を優先させるかも考えてくださったんでしょうね。また、金属をパンチングして模様を出すので、模様が密なところと荒いところは歪みやズレが出てしまうはずなのですが、そういうこともありません。本当に素晴らしく再現していただいています。僕のデザインの150%くらい(笑)」

作品でもあり、日常の道具でもありたい。鹿児島さんの中にある境界線とは?

とても嬉しそうな表情で語ってくださった鹿児島さんですが、普段、デザインをされるときに意識されているのは「境界線」なんだそうです。「僕が制作で大切にしていることは、できるだけ客観的に作るということ。食器も作品として作っていますが、道具として使う方もいらっしゃる。道具であれば、そこに作り手の主義や主張なんていらないんですよね。そうなると洗いやすくて使いやすい食器でいいけれども、僕の作るものはそうではない。商品と言われると少しさみしいですが、作品と言われると『食器として使ってください』と言いたくなってしまう。矛盾しているかもしれないんですけれども。作る側と使う側の境界を歩いているような仕事だとよく言っています。時々踏み外したりもしますけど(笑)」

地元出身で、かつては、西鉄天神大牟田線を利用して通勤していたこともある鹿児島さん。実は、終点まで乗ったことはないそうです。「同級生にも『実は柳川に行ったことがない』なんて奴も結構多くて。この列車を機に、地元の方も乗ってくださるといいなと思います。景色をのんびり楽しみながら」と観光列車への期待を語ってくださいました。豊かな感性と熟練の技が共鳴して生み出されたTINパネルは、列車の壁面を素敵に彩っています。ぜひ、車窓から映る筑後の景色と一緒にお楽しみください。

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